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医療のユーザーであるわれわれは、多くのプロバイダーのなかから適切な治療法を選択し、自分流にくみあわせていく必要があります。
選択のルールについて、アンドルー・ワイルはこういっています。
現代医学に治せない病気を現代医学の医師に診せるべからず。
現代医学が得意とする病気を代替療法の治療家に診せるべからず。
ワイルのいう「現代医学にできること」には外傷の治療、精密な診断、内科的・外科的緊急事態の処置、細菌性感染症の治療と感染の予防、損傷した関節の復元、美容整形、再建手術、ホルモン欠乏の矯正などがふくまれます。
そして、「現代医学にできないこと」にはウイルス性感染症の治療、ほとんどの慢性・消耗性疾患の治療、大部分の精神疾患の効果的な対処、大半のアレルギー疾患・自己免疫疾患の治療、心身相関疾患の効果的な対処、多くのタイプのがん治療などがふくまれています。
(『癒す心、治る力』)「現代医学にできないこと」のなかに代替医療の活躍の場があることはたしかですが、そこでワイルが列挙している疾患がすべて代替医療の適応症だという意味ではないことは、本書の読者ならもうおわかりのとおりです。
それらの疾患のうちで、代替医療の有効性が証明されているのは、慢性疾患(生活習慣病)・アレルギー疾患・心身相関疾患の一部というところでしょうか。
あとはどんな治療法でも対応しにくいにもかかわらず、それぞれの治療法に少なからぬ治癒例がある疾患だということになります。
しかし、代替療法は必ずしも単独で使われるものではなく、他の方法とくみあわせて使うときに真価を発揮するばあいも少なくありません。
たとえば外傷の治療後や外科手術・化学療法・放射線療法の前後などに治癒系を高めるような代替療法を利用すれば、治癒の促進に役立つことはいうまでもありません。
「もっとも重要な判断のポイントは、医師などの専門家に診てもらうことが心身の治癒系を助けることになるか、それともさまたげることになるかの一点である。
判断を誤らないためには、自分の病気の実態をよく理解し、自発的治癒がおこる可能性を損なわずに治療できる方法があるかどうか、それを現代医学と代替療法のなかに探ることである」とワイルはいっています。
そのためにこそ、まず現代医学に「できること」「できないこと」を知っておく必要があるというわけです。
では、単独であれ併用であれ、代替療法を選択するときめたばあい、数ある代替療法のなかから適切なものを選ぶ眼力は、どのようにして養えばいいのでしょうか。
メアリー・モートンとマイケル・モートン夫妻による共著『最高の代替医療を選ぶ五つのステップ』(未訳)では、その方法をつぎの五点に要約しています。
①どんな選択肢があるかをしらべる②よさそうな代替療法についての情報を最大限に収集する⑨その情報にもとづいて取捨選択する④選んだ治療家に面会して、納得する⑤その治療家とパートナーシップを築くどうやら「情報の収集」「治療家との面会と納得」「パートナーシップ」がキーワードのようです。
広告をみて「これはよさそうだ」とおもったという理由だけで高価な代替医療に手をだすのは、あまりにもリスクが大きすぎます。
できるだけ多くの情報を集め、取捨選択をし、選んだ治療家と面会して(それが不可能なら、せめてその治療をうけた経験のある人たちに面会して)納得するまで話をする必要があるでしょう。
納得する際のポイントは、知的(理論的)な合理性ばかりではなく、直観や勘といった身体知に訴えてくるものをたいせつにするところにあります。
「いのち」の声に耳をかたむけるということです。
そして、じゆうぶんに納得したら、その治療家とたがいに信頼関係を築き、「いのち」にむきあうパートナー同士のつながりから生まれる治療的な「場」の力を最大限に活用することが重要になるのです。
いま、日本の医療は崩壊の危機に瀕しています。
近年、医療をめぐる事故や紛争について多くの報道がなされるようになりました。
それを機に、社会の医療に対する態度が大きく変化しました。
患者あるいは家族の告発で医師が逮捕され、事件として立件されることが増えています。
一部に問題のある医師がいることを否定するものではありません。
しかし、社会の側にも問題がある。
日本人を律してきた考え方の土台が崩れています。
死生観が失われました。
生きるための覚悟がなくなり、不安が心を支配しています。
不確実なことをそのまま受け入れる大人の余裕と諦観が失われました。
このため、本邦では医療のみならず、専門家と非専門家の軋倍が、社会の正常で円滑な運営の障害となっています。
本書では、社会を支える基本的な考え方についての敵齢を、可能な限り偏見から自由になる努力をしつつ、凝視したいと思います。
一部の方は不愉快に思われるかもしれませんが、その際には、不愉快の根源をどうかお考えいただきたい。
二〇〇六年五月、私は『医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か』という本を朝日新聞社から出版しました。
現場の医師として検察に提出した意見書を一般向けに書き直したものです。
死生観、医療、法制度、社会について、概念的なことと、現場での具体例を意識的に行ったり来たりしながら、日本の医療が置かれた危機的状況の全体像を提示し、崩壊を防ぐための対策を提案しました。
〇四年に出版した『慈恵医大青戸病院事件医療の構造と実践的倫理』(日本経済評論社)の続編といってもよいものです。
〇二年十二月八日、慈恵医大青戸病院で一ケ月前に前立腺がんに対する腹脛鏡手術を受けた患者が、低酸素脳症のために死亡しました。
翌年九月に同病院の医師三名が逮捕されると、新聞、テレビはもちろん、週刊誌などでも事件として大々的に取り上げられました。
数日間つづいた嵐のようなバッシングで、彼らは極悪非道の医師として国民の脳裏に刻印されたのです。
このとき私は、一連の報道に含まれる悪意と理性的判断の欠如に大きな衝撃を受けました。
後日入手した慈恵医大の事故報告書を熟読検討したところでは、患者の死の直接原因は、病院の輸血業務のミスが四件重なったためでした。
輸血さえ適切に実施されていれば、患者が死ななかったことは間違いありません。
最終的な輸血量も、それほど多くはなかったのです。
事件の背景に、「新しい医療」をやりたがる大学病院の体質があったのは事実です。
しかしそれは文部科学省、学会、大学の体質に深く根ざした構造的な問題であって、決して逮捕された医師個人の犯罪として片づけられるものではない。
言い換えれば、これは、どこの大学でも起こり得たことなのです。
私は、このままではリスクの高い医療を引き受ける医師がいなくなるのではないか、と強い危機感を覚えました。
日本の医療を守っていくためには、医療提供者側の努力だけではなく、患者、司法、メディアなど、社会の側にも医療に対する認識を変更してもらう必要があると感じました。
当時、私はこの事件の事実関係を知る立場にありませんでした。
当然ですが、第一線の泌尿器科医である私には、調査能力も権限も、またそのための時間もありません。
事件の報道に含まれる論理と、医療現場の実態とそれを支える論理について、論考を何本か書いて、いくつかの雑誌に持ち込みましたが、掲載してはもらえませんでした。
後から思えば、中途半端な文章の掲載を拒否した雑誌社に感謝しなければなりません。

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